かつて浴衣などで名を馳せた老舗の屋号を受け継ぎ、浅草は寿町で二代に亘って続く呉服店「ちくせんや」。実店舗を持たずに客先へと出向いて誂える「背負い呉服」のスタイルを今なお貫く二代目の当主、江澤秀治(えざわ ひではる)さんにお話をお伺いしました。
-創業当時から、店舗のない『誂え』専門だったのですか?
先代が創業した時からです。
色や柄などお客さまの好みを聞いてから誂えるのでオリジナリティの高い着物が作れること、
そしてお店を構えないで済む分、人件費も維持費も掛からないから安くできるのが特長です。
ご自身を「悉皆(しっかい)屋」と表現する江澤さん。
いわゆる悉皆屋という言葉を聞くと、着物の洗い張り(洗濯)や染み抜きといったメンテナンスをしてくれる職人さんを思い起こす方も多いも知れません。
しかしかつては、「残らず、すべて」という「悉皆」の意味通り、「着物のことならすべて引き受けることができる」ということを指し、悉皆業を主とする呉服店も数多く存在したのだとか。
作りたいお客さんの意向を聞いて、職人たちを動かす。それが江澤さんの仕事です。
-職人さんをコントロールするのは、難しそうです。
確かに、着物の職人といっても必ずしも着物を着ているわけではありません。
そのためか、飾って『魅せる』ことを重視しがちです。でも着物は、人に着られた時にどう見えるかが最大のポイント。
その観点から見ると、職人さんは『描き過ぎ』てしまうことが多いので、そこはちょっと苦労しますね(笑)
-実際にお客さまと職人さんの間に入るのは、
とても大変だと思います。
どちらの知識も必要と言うか・・・
その通りですね。
着物を着る人の好みやデザインを作る人の好みを把握するには、それなりの知識もセンスも重要です。
それらを職人に分かりやすく説明するには、やはり作り手としての知識も必要になります。
-まるで、アートディレクターのようなお仕事ですね。
遠州流では毎年、お家元が帛紗をデザインされますが、それを手がけているのが江澤さんです。
先代の頃からお家元とはお付き合いをさせていただいていますが、それこそセンスの塊のような方なので(笑)。 日々、お家元の意向に添えるよう自分自身も磨いています。
他流派も注目する、遠州流の帛紗
-帛紗と聞くと、どうしても赤や紫の無地のものを連想してしまいます。
それはもしかしたら、学校の授業などで習ったり見たりした記憶があるのではないでしょうか?
-確かに、小さい頃のクラブ活動などで、そんな風景が目に焼き付いているのだと思います。
そもそも帛紗には、この色でなければいけないという決まりはないと思います。
少なくとも遠州流に関して言えば、お道具の中でもかなり自由度が高いのではないでしょうか。
-遠州流以外の流派でも、そういうものなのですか?
そんなことはないようですね。
私自身も、先代紅心宗慶宗匠の御実弟である戸川宗積先生に学ばせていただいた身ですが、
やはり遠州流の帛紗が最もデザイン性には秀でていると思っています。
-遠州流ならではの魅力といっても差し支えないでしょうか?
いいと思います。
実際にさまざまな先生方からも、他流派の方から今年の遠州流の帛紗はどうかしらと質問される機会も多いとお聞きしました。
-なるほど、他の流派の方々からも注目されているのですね。
お道具の中でも、帛紗は最も地味な部類に入るかも知れません。
でも、そんな消耗品ともいえるような存在ですらおろそかにしないのが、遠州流の美意識だと感じます。
-それでは実際にいくつか、見せていただきたいと思います。
こちらは、今年の夏用(右)と冬用(左)の使い帛紗です。
使い帛紗とは、お点法の時に茶道具のお清めで使用する帛紗のこと。腰に差しているものです。
2色であったり、鮮やかな朱色であったりと、実にデザイン性の高い印象を受けると思います。
-こんなツートンカラー(左)の帛紗もあるのですね!
2色に分かれているのは、今年が平成から令和に変わる改元の年であることを表現しています。
そして、裏表合わせると全部で31の七宝紋と菊花紋があしらわれています。
-31ということは、平成31年ですか?
その通りです。
毎年、干支を始めその一年を連想させる特長的な事象をデザインに取り入れたりするのですが、
何とも遊び心に溢れた斬新なデザインですよね。およそ私の頭の中にはないアイデアです。
-江澤さんにとって、もっとも印象に残っている作品はどれでしょう?
こちらの、「遠州紋紗」ですね。
左側が完成品で、右にあるのは完成のひとつ前の試作品。完成まで実に1年以上を要しました。
透かしをあしらった織帛紗なのですが、夏の絽として出し帛紗を作るのは初めての試みでした。
あまり他の流派でも見かけないと思います。
-涼やかでぱりっとした感じのする、洗練されたデザインですね。
最終的に、菊花紋2か所と七宝紋1か所に銀泥をあしらいました。
このたった3か所の銀泥のバランスが、地の縹(はなだ)色の涼やかさを、より一層引き立てていると感じませんか?
こういったアイデアのセンスは、やはりお家元ならではですね。
-実際に手にしてみると、軽くて柔らかいのですね。
この柔らかさを実現するのも、本当に苦労しました。
-柔らかな手触りというのは、やはり重要なのですか?
織物である以上、手触りは大切な要素です。
でもそれ以上に、帛紗の茶道具としての役割が重要なのです。
帛紗というのは、基本的に小さく畳んで使用するものです。
生地が固いと折り目が跳ねてしまう、つまり、折る前の状態に戻ってしまったりするのです。
-ここまで大きな一枚の織物ですから、当然、使用する時には何度も畳むことになるわけですね。
そうなのです。
ところで、大きさの話が出ましたが、実はこのサイズの出し帛紗を使用するのも、遠州流ならではだと思います。他の流派では、この4分の1程度の大きさの「小帛紗」と呼ばれるサイズのものを出し帛紗として使用するのが一般的です。
-それはどうしてなのでしょう?
正確なところは分かりませんが、遠州流が武家茶道であることと関係があると思っています。
-武家茶道ならではの、ダイナミックさ!
はい。武士である以上、人からどう見られるかというのも重要です。「見栄」や「気位」ですね。
大きく流れるようなお点法が特長の遠州流ですから、使用するお道具もやはり存在感のあるものの方がいい。私はそんな風に感じています。
-なるほど。説得力があります!
あくまでも私の感じ方なのですが・・・
でも、このような楽しみ方があってもいいのではないでしょうか。
あまり型にはまらず、見たままを感じるような、そういう視点で見てみるのも面白いものです。
プロフィール
江澤 秀治(えざわ ひではる) 東京都台東区生まれ
サラリーマンを経て、飯田橋の呉服店で修行。28歳で父が創業した店を持たない誂え専門の呉服店「ちくせんや」を継ぐ。二代目当主。